疲れ

朝起きて、出掛けて、夜まで何かして、帰ってくると、疲れてる。

当たり前のことなのですが、この「疲れ」の持つイメージがもっとよいものがあるんじゃないかと。
「疲れ」という言い方をしてしまうと、とっとと解消すべきものとしてのイメージが強いと感じるのですが、実はほんとうにそれほどまで疲れるってことは少なくて、ある種疲れた自分を演じている気さえする。
習慣的に疲れた風に振る舞ったり、家という安堵で切る空間故に自我が弱まって自発的な行動をしなくなったり、一日で頭の中に溜め込んだ考えてしまういろいろを考えないために寝てしまいたかったりで、疲れたという様なイメージを抱きやすいと思うが、どれほど、体や頭や心や魂の連続的な使用の限界としての疲れがあるんだろう。

逆にいえば、疲れを感じたときに、ただ休めば良いとは限らないかもしれないです。

近頃夜になると寝るつもりでないままに寝てしまって、体がなんだかかゆくなって、口内炎もできて、とういのは、何かよろしくないことがあるのかもしれない。


何かよろしくないことがあるのかもしれないが、今は何がいけないかを考えようとも思わない。
こうだろうなと思い当たるところはあるけれど、それをあまり突き詰めようとは思わない。
それを突き詰めても、いろいろなものごとが強ばっていくばかりだろうから。
だから僕は今を生きようと思います。
突き詰めるにしても、今を生きるというベースの上に立つように。
疲労感というのは、ともすると、今を生きられていないということだろうか。

疲れを感じたときは、休むことと同時に、今を見つめることが出来ているかに少しだけ注意してみたい。

  1. 2009/09/22(火) 00:59:37|
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