面白くない。

近ごろ、いろいろと、面白くない。
おもしろいことがない。

面白いことの、種はある。

大抵の面白いことは、自分で作りはじめたこと。

自分でゼロから始めたことなんて、思い当たらないけれど、
これからの僕の人生は、きっと、
自分でゼロから色々始めないと、面白いことがひとつもなくなる気がする。

これから、じっくりコトコト、やっていく。  

  1. 2010/07/25(日) 04:00:55|
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考えることとブログとツイッター

考えを文章化するという意味で、ブログとツイッターのツールとしての違いは面白い。

ツイッターは脈絡なく、思いつきを連発していきやすい。
何かに繋がりそうな種をたくさん蒔く。

対してブログは、文章として編み込むことになる。
種から育てるように、長い時間向き合う必要が出てくる。

連想モード、拡張モードのときは、
ツイッターでバシバシ言葉をとばしていく。

要約モード、収縮モードのときは、
ブログで、思考を味わいながら、ゆっくり自分の実感と重ねながら、
繋がりに目を向けて、でもそのまま遠くに跳びすぎないように文章を紡ぐ。

そんな真面目な態度で文章を書いてはいないのだけれど。
ツールから言葉を編み出すことを考えると、そんな使い分けが出来るなぁと思った。

  1. 2010/07/19(月) 01:15:23|
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話し合い

久々に、ブログを書きます。
近ごろはツイッターで、簡略化した言葉で書くことが多かったです。
文章を整理して書くことがうまくできないので、ツイッターだとらくちんなんです。

さて、話し合いの話です。
近ごろ、話し合いをする機会が多くて。
話し合いって、手段として、なかなかいいものなんだけれど、
話し合いそれ自体はそんなにいいものとは限らないです。

話し合いは、みんなの意見を平等に扱う必要はないと思いました。
話し合うのには何かしら目的があるはずで、
意見の重要さも、その目的のためになるかが大切なんだと思う。
自分の意見を言う場というより、みんなの意見のための場だなんだろう。

みんなの意見のための場ということは、『言うことよりも聞くことが大切だよ』って言うこと。
自分の意見を言うことは大切なのは、その通りです。それを貫きたいなら、演説してください。
そもそも、話し合いということをするのなら、みんなですることが前提だよね。

いいものをみんなで出し合って、そこからひとつに選ぶのが、competitionか。
自分が認められようとすると、コンペに近づいていく。
コンペならコンペとしてやればいい。話し合いの中でそれがでてくると、
コンペと話し合いが無秩序にごちゃまぜになってしまってはいけない。  

話し合いなんて、所詮話し合いなんだから、つまりは言葉なんです。
そこで出てくる言葉を構築して、話し合いの目的のイマジネーションを構築すること。
言葉の交換それ自体が面白いということもあるけれど、それは話し合いとは違うよね。
話し合いの目的は?
何の話がしたいの?どうしてそれは、みんなで話し合わなくちゃいけないの?

そんな問いが浮かびました。

そしたら僕は、書記になろうかな。
人の話を聞くことと、人の話を聞きやすくすること。
さらにそれを、結びつけていくこと。

そもそも僕は、オリジナリティなどないのだから、
ていうか、いつだって、組み合わせで物事を考えてきたのだから、
人の話を聞くことは、クリエイティビティな方向にベクトルが向いてくるんじゃないか。願望も込みで。

組み合わせと言ったって、足し算をイメージしたってダメです。化学変化をイメージしなくちゃね。
そういった風な話し合いがしたいねー。    

  1. 2010/07/19(月) 01:04:04|
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こんな夢を見た。

液体ノリのようなものが容器に入って跳ねている。(僕が投げているのかもしれない)
そこは暗いのだが、液体ノリのようなものはくっきりと見えて、心地よいコントラストを生んでいる。

ノリのようなものは容器から球状に飛び出たり、また容器の中に戻ったりして、
その液体の密度の差の変遷のようなものが見て取れる。

僕の眼にはその動きスローモーションで見えていて、とても美しいと感じる。

こんなありふれたものがこんなにもきれいなのだ。

  1. 2010/07/04(日) 09:19:27|
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