2010/4/28-30

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散髪をした。すっきり。

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古本をたくさん買った。

お店で買ったり、ネットで買ったり。
読むぞー。

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無印良品で鏡を買った。
鏡に映る像がズームされるやつ。
なかなか面白い。

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現実世界よりも夢の世界のほうが楽しいじゃないかと思った。
夢の世界でワクワクしている。
現実は怠くなっていく。
でも現実だって、もっと面白いはず。
夢の世界も現実の世界も、ユカイがいい。   

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イメージを揺さぶってみるという思いつき。
大きさ、時間、方向、関係、水陸、宇宙、抽象具象などなど。
揺さぶられたイメージをイメージして、
初めて絵を描きたいと思えた気がする。
絵を描けるようになりたいと思っていても、
描きたい絵なんてなかなかなかったもんなぁ。
描いていて、だんだん紡いでいく絵はあったけれど。
というわけで、描きたくります。

  1. 2010/04/30(金) 23:22:41|
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2010/4/25-27

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空席

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ぐーたらしていた日が多い。
大きな虚脱感が湧いて来た数日。
デザインのことで、ちょっと面白いことを思いついて、
それがあるからこそ、僕はそういうのを考えたがるんだと再認識。
デザインの快楽。  

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授業は視覚伝達。
24日の授業に似た内容で、気持ちが締まらない。
こうなったら、きれいな質感を考え出してやろう。
GWの目標。

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人が集まるときは、そこの場で起こる行為を考える。

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僕は、言葉をコミュニケーションとして使わないほうが集中できる。
ディスコミュニケーション的な言葉遣い。
自分中の思考方法。
代わりに身振り手振りだったりもする。  

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『人間失格』、読了。
こういったような精神構造は自分の中にも思い当たるところがあり、
戦後という世代はそういった精神構造を持った人が多いのかもしれない。
日本が鎖国をやめざるを得なくなって、第二次大戦が終わるまでに起きたことの、
本当の決着は全然ついちゃいないんだろう。
そのころからのことを、歴史として十分に語れる人が、まだ少ないのかもしれない。

『からだを読む』  、『幸福の無数の断片』を読んでいる。
からだの話は面白い。自分の体の話が、説得力や新鮮さをもって聞こえて来る。
『幸福の無数の断片』は僕には難解なところが多いが、
感覚とはまると、バァーッと世界が開けるような面白さがある。

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日本史の高校の頃の教科書の、維新の頃の話を少し読んだ。
外からくる影響に国内のお偉いさんは民衆の満足のいくような対処ができず、
国内での不満は高まっていくばかり。
大きな力が外からやって来たのだから、国の中も大きく揺れる。
国内では不満が立ち起こり、多くの人が斬り殺されていく。
これほどの力が外から加わってしまえば、大衆全員が安らかに納得できる
政策をすることは不可能になってくる。
だから、志を抱いて何かを変えようとしていく人も、
新しい日本を気づいていこうとする人も、どんどん殺されていく。
新しい力は、下のほうから立ち昇って来る。
今の日本に照らして考えてみる。
だいぶ似ているように思うのだ。
当時の諸外国に相当するものが何であるかを知りたい。
そしてそれを、敵と思わず、アプローチしていきたい。
外国からの力に困っているときに、日本は国内での争いに多くのエネルギーを費やしていたんだ。
歴史の端っこから見る僕は、今同じようなことが起こるのなら、
当時の外国と日本の関係にあたるところをみたいと思った。
問題は当時に劣らないほどに複雑だろうか。

  1. 2010/04/28(水) 06:58:11|
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かん(観・感・鑑)

『かん』という言葉のことを考えていた。

観、感、鑑、
神、上、甲、完、官 、環 、
間、閑、 緩

『かん』と発音するものを集めて、主観的に分類してみた。
一段目は、観ることからの連想。
二段目は、神からの連想。
三段目は、間からの連想。

今、考えてみようと思うのは、一番上の『観、感、鑑』。
見ることを、この3つのやり方から考えられないだろうか、と。

観は、観じるともいう。見ること。観察、直観、観照、観賞など。
感は、感じるとも。内的。感想、直感。
鑑は、鑑(かんが)みる 。かがみ(彼は○○の鑑だ)。手本。鑑賞。イデア的か。

という風に、それぞれ、似たようなところを持ちつつ、それぞれの意味がある。
僕のとらえたイメージを書いてみる。

見ることに限定する必要はないが、ものに対してアプローチするときに、
これらのアプローチの仕方がある(他にも色々あると思うが)ということを
意識してインプットをしてみると、やりやすいんじゃないかなぁ。

アートなんかだと、一般の人は『感』で、批評家は『鑑』で、
『観』だとアート以外のところまで延長されてしまったりすると思う。

批評家は、何を鑑(かがみ)として 見ているかを自覚していなかったり、
取り違えたりすると、とてもつまらなくなる。
逆にそれをきちんととらえている話は、非常に面白いことが多いと思う。

どの『かん』も、もっと解像度を上げていきたいなぁ。

  1. 2010/04/28(水) 01:47:24|
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2010/4/24

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授業は平面構成。
描くことのできるものを使って、何でも自由に表現しなさいと言う。
ものの性質を観て、その表情を引き出してみなさいということだろう。  
なんでもやっていいという考え方、つまり思考のブレーキを外させたいようだ。
やっていいかどうかを考えるのでなくて、いかにやるかを考えれば、
深いところまで考えが及びやすいし、発想も自由になるから。
そのために、このようなことをやらせようと思うんだろう。
教えたいという気持ちがびんびんに伝わって来る。
自由にしたいと思う気持ちが伝わって来る。
しかし作ったものが破壊的なものでしかないように思えて来るのだ。
目新しさのために、多くのものを犠牲にしている感覚。
それは嫌だから、一度腰を据えて、自分自身のものとして作らなくてはと思う。

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読書は、『からだを読む』と『人間失格』
人間失格は、久々の小説。
鉛筆を持たずに読むのがとても楽なので驚く。
吉本隆明氏がどこかで言っていた、名作の条件を人間失格に感じる。
自分にしかわからねえだろうなぁというような共感。

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七尾旅人の検索少年をネットで購入。
ニューアルバムが7月に出るらしい。楽しみ。   

  1. 2010/04/25(日) 11:05:11|
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常用字解で『幸』の字を引いてみる。

象形。手枷の形。古い字形からいえば、両手にはめられる刑罰の道具である手枷の形である。
これを両手にはめた形は執(とらえる)、報復刑として手による犯罪に枷をはめることを
報(むくいる)という。報は両手に手枷をはめられて跪く人を又(手の形)で後ろから抑える形である。
幸はおそらく倖(さいわい)の意味であろう。手枷だけの刑罰ですむのは、
僥倖(思いがけない幸せ)であり、重い刑罰を免れるというので幸というのであろう。
それで幸に「さいわい」の意味がある。

幸せは、刑罰が軽いから幸せなのである。
イエスの「心の貧しい人々は幸いである」 にも通じそうな感がある。

『幸』という文字には一筋縄ではいかない幸福感が含まれていた。

  1. 2010/04/24(土) 14:02:10|
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