携帯電話

新しい携帯電話が欲しくて、ちょくちょく見て回ってる。
昨今の携帯電話の購入は高くついて困る。

iPhoneが出た頃にはケータイにそんなにお金使いたくないって思ってたけれど、今やiPhone、安いじゃないですか。
iPhoneって、ケータイでできることって感じじゃなくて、いろんな面白いことができるガジェットにケータイの機能もついたよって感じで、楽しいと思う。欲しいです。

ケータイを買えるときって、番号とアドレスを買えるのが嫌ですよね。いちいち他人の手を煩わせたくない。でも、今契約している会社に固執したくもない。
だから番号ポータビリティは嬉しい制度です。
あとはメールアドレス。もうさ、ケータイ会社にアドレスを任せないで、googleを頼ってみるのがいいような気がします。ケータイアドレスで縛られるのは嫌だ、と。
パソコンからも打てるから、長文でも楽にかけますよ。

ということで、うまくフリーメールをケータイと連携できれば、フリーアドレスがいいと思う。
うまくやれれば、契約会社を変えてもアドレスを変更する必要がなくなるんだ。


うん。iPhoneが欲しいな。明日、買いにいこう。
ケータイと人との関係も変わっていかなくちゃね。

  1. 2009/04/30(木) 23:49:29|
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無印良品

無印良品へ行きました。
無印良品には、
「これがいい」ではなく「これでいい」
と、理性的な満足感を満たすような考え方があるのですが、無印良品店内を歩きながら、この言葉の恐ろしさを思いました。

「これがいい」と思える商品もたくさん売っていて、「これでいい」ものも一緒に買いたくなるような気分にされられているな、と気がつきまして。
売られている商品がそのようなかたちで売られている理由が書いてあったりもしますが、ある意味でこれは、「こういう理由があってこういう商品になっているから、あなたにとってマイナスに思える部分があっても、理性的に納得できるのなら買ってね」という風に、無印良品のやり方にのせられちゃっているのかもしれないです。

さらにうまいなぁと思うのが、無印良品側が「納得してくれ」と主張しているようには感じられず、あたかも客が自分から、「こんな理由があるのか。それならこれが買いたいな」とほしがっているように感じることです。

商品と一対一で向き合ったときに感じる類いのほしさだけじゃなくて、商品を取り巻くいろいろをからめて、欲しい気持ちにさせてくるんです。商品に向き合う前から、それを好きになるように導くのがうまい。
しかもブランド的なそれではなく、「これでいい」という言葉からもわかるように、庶民が変に背伸びしなくてもついていけるような親しみを感じさせるんですよね。


他にもいろんな要素が絡んでさ、「無印良品」ていう、土台を形成して、他のところで同じことをやろうとしてもできないようなことを可能にしていると思うんです。

さらにその戦略は、無印のなかのひとも対象にしているような気がします。
お客さんが気持ちよくだまされるように、店員さん気持ちよくだまされて、無印良品という空間を作っている。無印良品の空間の中でさらに無印良品色を濃くしていく循環が出来上がっているのかもしれないと思いました。

人々が意識しにくいところで思慮されていることが多くあるのだなと感じ、それを実際にやっていることに恐ろしくも感嘆してしまいました。

デザイン戦略が何層にも組み込まれたのが無印良品なのかもしれない。
これからもじっくり、無印良品を観察してみたいと思います。

なにより、無印良品大好きです。

  1. 2009/04/29(水) 01:36:16|
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いい写真

DSC_0544


いい写真を撮ろうと躍起になってしまうとさ、写真の「いい」では表せない魅力を見過ごしてしまいやすくなるかもしれないです。

たぶん「いい」写真を求めることと、写真を中途半端に「いい」とほめられることは関係していて、他人の言葉を上手に受け取れないと、その嬉しい言葉が呪いになることもあるのだと思います。
毎日写真を撮らずにいられない人にはいらない心配なのかもしれません。
ぼくはそこまでではないから。


僕は写真よりも撮ること自体に興味があって、変な話、写真として残らなくてもいいように思ってる部分もあります。
目の前の景色をファインダーから覗いてみること。カメラをぶら下げて写真を撮る視点も組み込みながら歩くこと。
まずは見ることありき。
見ている景色をちょっと差異化してみる意味で、写真が好きなのです。


となると僕の写真が「いい」といわれることがあるとしたら、視点の「差異化」に興味を持たれたときが多いかも。もちろん、撮った相手と僕との関係の中で思わずいい写真が撮れることもあるでしょう。
写真以外の要素がたくさんある中で、写真に写り込むことができる要素が写真となり、それを見た人が、「いい」と言ってくれたりする。


なんで写真を撮るんだろう。
僕の場合は写真を撮ることによって状態をずらすのが楽しいからです。今はきっと。

  1. 2009/04/28(火) 10:01:42|
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言葉の外

言葉では扱えないことを言葉で表そうとする試みは好きだ。
それは言葉の幅を広げていくという試みだろう。

言葉じゃうまく言えないんだよ、ということを伝えるために言葉を重ねることは、愚かであるはずがない。
伝わるようには思えないけれどどうにか伝えようとするのは優しさだし、どうして伝えたいんだろうと少し思ってることができたら、その大きさの一端に触れられるかも。


言葉で表しきることなんかできやしないんだけどさ、だけど言葉でしか伝えられないことだから言葉にしていこうとするのは、暖かいことなんだよな。

どんなに歩みが遅くても、不毛じゃないよな。

  1. 2009/04/27(月) 23:17:19|
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クーソーしましょう。

クーソーは出さないといけないよ。
溜め込んじゃダメ。
外に出しましょ。気持ちいいから。


クーソーしないとはもったいない。
せっかく日本人に生まれてきたんだからね。
見立ててみましょう。
夢見ましょう。


クーソーしなくちゃ、生きてけない。
クーソーしてから、寝てください。
朝起きたら、クーソーしよう。
食後にクーソー。


クーソー人間、いいじゃない。

  1. 2009/04/26(日) 23:46:44|
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