ツツヌケ

ツツヌケをはじめてみた。

おせっかいな、SNS。日本おせっかい化計画。

ミクシイのネガティブな部分に真っ向から挑んだようなつくりが、とても良い。

ちょっと面倒くさいという本音もありつつ、まぁ、やってみよう。
慣れたら悪いもんじゃなくなるでしょう。

現在のところ、約1500人くらいの規模みたいだ。

さてさて、どうなることだろう。

ツツヌケ〜日本おせっかい化計画

  1. 2009/01/31(土) 21:26:28|
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目的

まず、生きることそれ自体に、目的はない。
同時に、生きることに目的を設定することは出来る。

目的とは、目印のようなものだ。
目的地があれば、そこまで早く行く道筋を考えられるし、実際早く行ける。
目的を設定するとは、そういうことだ。

逆に目的地を決めなくても、ぶらぶら歩き回ることが出来る。
でもそれだけでは迷子になってしまう。
だから散歩にしても最終的な目的地は自分の家に設定する。
何かしら目的がなければ、生きていくのは難しそう。

だけれど目的ばかりでも息苦しい。
たとえば近所のコンビニに行きたいときに、自分の歩幅は何メートルだから右足から踏み出したほうが近いとかまで考える人はほとんどいないだろう。(げんかつぎならそんなこともするだろうが。)
目印が多いと、目印にばっかり目がいってしまって大変だ。
生きることそれ自体に目的はないのだから。

だから節目節目に目的を設定してみたりする。


目的をうまく使って、人生のおもちゃにしよう。

  1. 2009/01/31(土) 19:15:09|
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ものが呼んでる

ものづくりをするとき、注意をおくことがある。

それは、僕が作ろうとしているものがどのような状態で見せられたいと思われ、どのように使いたいと思われ、それゆえにどのようにデザインされることを望んでいるのかに耳を澄ますこと。

これはもう、僕個人の創造力などでは全然なくなってしまうけれど、そう考えるのが楽しい。
逆に言えば、アートというものは出来ない、とも取れるけれどね。

それぞれの要素が何を主張していて、ものの後ろ側にいる人々はどんな言葉をささやいているかに耳をすましてみる。

ひとつの声にみみをすますことが、もうひとつの声から耳をふさぐことにならないように。


これが、今の僕の、デザインの理想だ。

  1. 2009/01/31(土) 19:01:08|
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飛ぶように

飛ぶように生きよう。

飛行機のように。
鳥のように。
メーヴェのように。

考えていたらたちまち地面にまっさかさま。
考えるのはあとでいい。

飛ぶように生きよう。

歌い続けなければ消えてしまうから。

  1. 2009/01/31(土) 18:48:46|
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靴をぬぐ日本。

日本の、家で靴を脱ぐ習慣について。
玄関口で、家の中にいる人は素足で、お客さんは靴を履いている。

家の中からお客さんを、床に膝をつきながら出迎える。
お客さんの方はそこに座るわけにもいかないから、どうしても見下ろす形になってしまう。

それが、品がいいとされている。

上品な下から目線。

そんな日本文化を身につけたいな。

  1. 2009/01/29(木) 01:39:48|
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