さよなら2008年

今日の出来事。

昼すぎ、弟と将棋。勝利。

午後、買い物へ。津田沼へ。
ユザワヤにてコルクボードを購入。思ったことをとか、絵とか、かいて貼ることを習慣のように出来るようになりたい。
TSUTAYAへも行った。
CDを4枚、DVDを4枚借りた。
1枚、CDのつもりで借りたらDVDだったものがあった。
でもCDとして借りている。その内容は落語。

帰宅後、手塚治虫のネオ・ファウストを読む。
読みやすい小説よりも読書時間がかかるかもしれない。

夜、弟とまた将棋。敗北。年が離れれているだけに悔しい。ちゃんと頭を使わなくちゃ勝てない。


このブログもそろそろ半年になる。
内容も文章も薄くてまとまりがないと感じている。
もっと、自分の書いた文章が何のためになるのかも考えて書けるようにならなければ。



年賀メールを送って、その後に年賀状が来たら、すこし申し訳ないような気がする。
手書きの方が思っていることを伝えやすい。





2008年も気付いてみればお仕舞いです。
2009年、楽しみ。そして少し怖い。頑張ろう。

良いお年を。

  1. 2008/12/31(水) 23:31:08|
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古い友達

古い友達と会うと、人の変化を見られる。

いつもいろんなことを考えるけれど、考えることは今のことばかりで、読むものは洗練されて残ったものばかり。

何がどう変わっていくのかを実感するのに、古い友達と会うのは、いい。

  1. 2008/12/31(水) 12:12:07|
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雑種天国

雑種だとか純正だとかいうけれど、生命が有性生殖の道を選んだ時点でどうしようもなく雑種じゃないか。
外からの力で変えられることのないものを純正とするなら、浮き世から離れて住む仙人にでもならないと純正は守れない。

もう、どうしようもなく誰もがぐちゃぐちゃで、雑種。
どうしようもなく、どこかで繋がっている。
地球純正種?
宇宙線とかその他のいろいろで影響を受けているね。特に生命以前まで遡ってしまえば。
宇宙純正種?


とんでもなく広く、繋がりがあって、人間、動物、植物、鉱物、電磁波、、。
大したことのない雑種で、横向けば似たようなものだらけの雑種。

あぁ、雑種天国にちゃんと足がついてさえいれば、自由なのだなぁ。

  1. 2008/12/29(月) 23:22:14|
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一度きり

インターネットを見ているとき、流し読みしてしまうことがある。しばしばある。
本だとあまりないのにね。

インターネットのサイトは、いつでも見に来られると満足してしまうし、文章も短いものが多いから、ちゃんと理解しなくちゃっていう緊張が弱いみたいです。
いつでも出来るから、やらない。

だから、他のことが出来ない状況にして集中しよう、ということを、何度か考えたことがある。
映画館では映画を見ることしか出来なくて、それゆえに映画に入り込める。
逆にパソコンでDVDを見る時なんかは、パソコンで関係のないことをしてしまうことがある。
(映画以外を排除できる場所としての映画館なら、そこで途中で退出する人をみると嫌な気がするだろうし、エンドロールをありがたくみるだろう。逆に、ただ映画が見たいのなら、好きなものを食べながら、ときには途中退出することもあるだろう。)

そこで少し違う考え方として、同じものを見る機会があっても、同じ時は一度しか来ないということ。
僕が同じ文章を今読んでも、一時間後に読んでも、何度読んでも、その内容が変わることはないが、同時に全く同じ状況で読めることはあり得ないし、全く同じように感じることもあり得ない。似たようなものならあり得るけれどね。
同じ体験でも、状況が変わってくれば全然違うものを与えてくれることもある。

螺旋のように同じようなことを繰り返す日々だとしても、毎日違う日であるのは当然のことである。
その一日の繰り返しで僕は年を取っていき、変化していくし、それは僕以外の自然も同じだ。
刻一刻、変わっていく。無常。

どんなに普遍的なものを求めても、どんなに普遍的なことを知ることが出来たとしても、一度きりの今を生き続ける。
「今」はどんどん流れていってしまうから、「今」にあわせるために少し未来にタイミングを合わせようとするし、無駄にしてしまった「今」を繰り返さないように昔を振り返ることもするのだけれど、ゼロのようにも、無限のようにも思える「今」でまわり続けよう。

  1. 2008/12/28(日) 03:05:54|
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ウェブ進化論

インターネットを使ってできそうだと思われてきたこと、できなかったこと。
可能性が語られ、頓挫し、また成長をしているその系譜。

インターネットで起こっていることはどういうことなのか。
インターネットを使わなくても生活はできる。
しかしインターネットでは重大な変化が起こっているのも事実。
インターネットでできることに気付いて参加している人と、インターネットにふれもしない人の間の溝は深まる。


著者のあげるネット世界の三大法則がある。
第一法則:神の視点からの世界理解
第二法則:ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏
第三法則:(≒無限大)×(≒ゼロ)=Something あるいは、消えてうしなはれたはずの価値の集積

第一法則は、情報収集コストがほとんどかからないことから実現する。そのサービスを利用して、何をしているかの膨大なデータが手に入る。無料で使える膨大なデータをどう利用するか。究極の俯瞰。
第二法則は、個人レベルで作品を人に見てもらい、売ることが出来る。個人の紹介したものを誰かが買う。今までは誰の気付きもしなかったものが話題になっているものと繋がることで息を吹き返す。
知ることは出来ても手が届かなかったものに手が届く。息を吹き替えさせた人にもマージンがいく。
第三法則は、小さすぎて無視されてきた財産を膨大な数重ね合わせることで生み出されるお金。
一冊で100万冊売るばかりではなく、1冊しか売れない本を100万種類売ることが実現する。



インターネット上で何が起こっているのか、何が起こりうるのか、自分にとって何が得か、そんな影響を与えうるかを考えさせてくれる一冊。
若い世代のほうがインターネットを自然に受け入れていて、考え方としても受け入れやすいとあるが、そういった自分の持つ優位性とは関係なく、インターネットと自分とのちょうどいい関係を模索していくことの重要性を感じた。
まずはあちら側がどのようなものであるかを知ることから。

  1. 2008/12/26(金) 08:05:28|
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