なかなかしつこい自己否定

僕はそれなりにいろんなことを考えてみて、話を聞いてくれる人にはそれをしゃべりたくなって、その話すことはそれなりに確信を持っていたりするんです。

ただ話してると、何かしら自分言ってることとかを否定したくなるんです。
ていうか、しちゃうんです。余計なところで、大して否定的に思っている訳じゃないのに。

自分の考えたこととか作ったものとかしたことは嫌になってしまいやすい。
嫌になってしまっても一時的で、すぐに なんともなくなるのがほとんどなんだけれど。

自己否定してしまうことは、逆に言うと、自分の考えたことをいったん捨てた目線から考え直すってことにもつながるから、悪くもないと思ってる。

ただねえ、たとえ間違っていようとも、せっかく自分が「ほんとう」だと思ったことを話せたときは、それを否定することをすぐに言うのはよくないな。
聞いてくれてる相手がまだその前のことも咀嚼できないうちからそれを否定しちゃうことは、せっかく聞いてくれている人に対して失礼になる。
そこはほんとに気をつけないとな。
もっと自分の発言に責任を持ちましょう。そして聞いてくれる人のことを考えるように気をつけよう。

  1. 2008/08/30(土) 11:36:22|
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TSUTAYAが半額でしたので

半額セールだったのでTSUTAYAへ。

借りたもの
DVD
 みうらじゅん&安斎肇の勝手に観光協会vol.2徳島県千葉県
 犬神家の一族(市川崑監督)
CD
 斉藤和義 白盤
 木村カエラ +1
 Sadistic Mikaela Band NARKISSOS
 Sadistic Mika Band 黒船


サディスティック・ミカ・バンドは加藤和彦さんがいたのですね。
ほとんど聞いたことなくて、YMOの高橋幸宏さんがドラムをしていたことくらいしか知りませんでした。


何十年も前から何度も何度もヒットを作り出しているすごい方々がいます。
そういった人は、この国の一面を作ってきた人でしょうね。
加藤和彦さんはウィキペディアによると、「同じ事は二度とやらない」をモットーにしているらしい。
なにかひとつ成功させたときって、それを軸にして広げていくやりかたがやりやすいと思うんです。
自分で確立したものをさらに深めていくのが。
でも、「同じ事は二度とやらない」ってのは一回一回、最初からやりなおしになってしまうんです。
自分の考えなどを同じところに固定してしまわないためにすごく重要なことだと思うんですけれど、とても厳しいことに思います。憧れちゃう。
ウィキペディアには黒船ってアルバムは名盤て書いてありました。
そして聞いてみて、すごくいいです。まず、古さなんて感じない。
加藤和彦さんの声も、とても心地よい。
「どんたく」という曲が、リズム感がよく、楽しくなる。お祭り騒ぎしたくなる。それがどんたく。
いやはや、良いもんは良いです。
斉藤和義さんのアルバムは、歌うたいのバラッドという曲が聞きたくて借りました。これから聞きます。
木村カエラさんのアルバムは、映画『パコと魔法の絵本』の主題歌、“memories"を聞いて、いいなぁと思い、今までに出していてまだ聞いたことをないものをと思い、レンタル。
木村カエラさんがパーソナリティーをつとめるラジオも面白いです。たぶん場を楽しくするコミュニケーションを、意識的にじゃなくて、天然で持ってるんじゃないでしょうか。
ラジオを聞いてても、心地いいですね。
あと、sakusakuって番組に昔出てたんですが、そこでのやりとりもとても面白かったです。

DVDについて。
勝手に観光協会は、みうらじゅんさんが千葉を語るとどうなるのか、ってのを見たいから借りました。行けるところは行きたいですね。
犬神家の一族は、岩井俊二さんの映画で市川崑監督という人を知って、岩井俊二さんのその映画はまだ見ていないのですが、それを見る前に、市川崑監督の映画を見たいと思い、借りました。

聞くだけのものに比べて、見るものは、それをすると他のことが出来なくなるから、実行に移るまで腰が重いですが、やっぱり、ものごとは出来るだけ行動に移さなくは。
出来ない理由を考えてる間に身体を動かそう。

  1. 2008/08/30(土) 00:27:29|
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○○してあげる。

「してあげる」って言い方、なんだか偉そうで嫌だなぁって何となく思っていたんですが、そういうふうに言ったり考えたりしない方がいい理由がわかりました。


「してあげる」ってのは、上から目線な感じですよね。
あなたには出来ないからだとか、あなたより私の方が効率よくできるからだとか。
そうやって、あなたの出来ないことを私が変わってあげよう、と。
これがひとつ。
あともうひとつ、人に気を使うときにも言いますね。
例えば病気や怪我をしている人に対して、身の回りのことを変わりにやってあげるよ、と。欲しいもの買ってきてあげるよ、と。
小さい子供がお母さんの手伝いをするときにも、「やってあげるね」って言ったり。ほんと、将来はそんな子供がほしいです。


「してあげる」っていうのは、行為が一方向のものになってしまうように思います。してあげる、って言われた相手は、その行為をしないから。眺めていたり他のことをすることになるんです。
さらに、妙に上目線から、つまり、やりたくないのにとか思っているときの「してあげる」は、自分の行動の可能性を縛り付けます。
というのは上目線から、やりたくないけどしてあげるよっておもっていると、自分にとっての最低限のことをこなすと思うのです。
そして、そこに楽しみを見つけようとする寄り道をするよりも、そこから早く離れることを考える。コミュニケーションが消滅に向かっていくんです。
極端な場合、「俺がわざわざやってやってるのに、どうしてお前はそうなんだ?」と相手のことを攻めちゃうくともある。
人と関わっていることなのに、一方的な考え方になっていってしまうんです。

そこでね、してあげる、から少し離れてみると、どうやったら俺はこれを楽しくやれるかな、っていう風な考え方に行けると思うんです。
そして人と一緒にやることだから、自分が楽しいことと相手が楽しいことが深い関係を持つようになって、一緒に楽しくとやれる道が開けるかもしれないの。

子育ての、「子供から教えてもらう」っていう考え方が近いかなぁ。
子育てしたことないし、そういう大変な状況に対して、こういう言葉だけを経験もしていないのになぜ偉そうに言える?とも感じますが、ブログに書いて公開しているけれども、人に言いたい、というよりも自分に言い聞かせたいことなので大目に見てください。

でもやっぱり、人間関係の基本なんでしょうね。
人に対して、一方的にならないこと。
同時に、楽しんだもん勝ちだってこと。
(楽しんだもん勝ちってことに対して、間違った解釈をされるととても困るのですが。)


このことは都道府県庁所在地を覚えなくちゃって思っていた弟と、それのお手伝いをしている兄を見て思ったものです。
弟も兄も、本当に楽しんでたから。
僕だったら、めんどくせえなぁってのが先行して、つまんなくて厳しいやり方になっただろうなと思うんです。
さらに勉強を教えたとしても、教えてあげるって言って知識をひけらかすだけで、本当は教えるってことができないんだろう思うから。
教えるってのは、知識を与えるんじゃなくて、教えるを自発的に考えられる状態にするということなんじゃなかな、と思いました。

  1. 2008/08/26(火) 23:47:03|
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広告

広告は、それを受け取る側の見る目もちゃんとしてなけりゃぁ、どんどん広告全体の質も下がっていってしまう。

酷評でも良いし、絶賛でも良いし、無視でも良いから、広告ひとつひとつに自分の目線から向き合っていかないと。
広告と流行は切っても切れないものだと思うから、だからこそ見る側は、流行に流されたり乗ったりしつつも、あくまで自分のこととしてとらえる目線ていうものを忘れちゃいけないと思う。

そしてさらに、AC(公共広告機構)か博報堂かADKかでそんな広告を打ち出してほしいな。

「広告を疑え!」って広告を。

  1. 2008/08/26(火) 09:25:22|
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時間管理

時間管理をした方が良いと思うときには、何かしら目印となる時間を設定して、それを意識すると良いのではないか。

たとえば、日が変わる12時、という時間を意識してみる。
その時間を境にして、その時間までに、何かに一段落つけようと思って行動してみる。
もしくは、この時間までに、眠る準備をすませておく。
あぁ、これはいい。
何かの準備をすませておく。つまり、行動を規制するんじゃなくて、次の行動につながるポテンシャルを広げるための指針を作るための境目の時間を作っておくといいなぁ。
それは可能性を広げる方向に行けるし、行動をあまり束縛しない。

これ、使おう。
11時45分から始まる三谷幸喜と清水ミチコのラジオまでに、眠る準備をすませる。これ、目標。

あと、朝にも欲しいな。
何時までに、外に出かけられる状態にするってのが。
でも時間じゃなくて、何かしらのイベントであってほしい。
明日になったら少しじっくり、そこらへんの指標におけるものがないか、調べてみよう。
テレビやラジオは、時間で動いているから使いやすいかも。



追記
これに加えて、家にいる時間を何時間まで、と設定すること。
僕はどうにも、家にいるとだらだらしてしまう質だから。
それと、家(巣)から遠くは慣れたところに行ったときは、何かしらを手に入れようとするものだ。
根拠はないけど、動物が巣から遠くは慣れたところに行くときはそれなりにリスクを負うもので、そこで得られるリターンがあってこそのリスクなのではないだろうか。
好奇心で遠くに行くのはまた少し別だろうけれど。

  1. 2008/08/26(火) 02:56:52|
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