2010/4/10

朝、イライラする。
嫌になったので、音楽を聴きながら寝転んで、そのまま2時間ほど眠る。

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本棚を眺め、読んだ本の中の数冊を手に取り、パラパラめくる。
忘れかけていたこと、読み取れていなかったことが書かれている。

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図書館へ。
デジタル一眼レフカメラを持っていったのだが、一枚も撮らない。
僕にはコンパクトカメラのほうが向いているようだ。  
ファインダーをのぞくよりも、そのままの景色を眺める。
図書館で、借りていた本を返した。
一冊、読み終わっていないのがあったのだが、
また別の図書館で借りることにする。

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Janisへ。CDを5枚借りる。

YUKIのCDの歌詞カードに載っているYUKIの写真がベリーグッド。

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デザインとヴィジュアルコミュニケーション、読了。
デザインを専門にやって来たわけではない人々に対する、デザインの授業。
春宵十話がおもしろい。
この人になら、数学を習いたいと思った。  


    

  1. 2010/04/10(土) 20:49:11|
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2010/4/9

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学習することは、学習というレッテルを貼られたものを読み取ることではない。
レッテルを辿ることしか学習と呼ばないというところから口出しはされたくない。
しかし、そんなことに怒って自らの時間を自ら潰すのはよくない。
自立が必要なのだ。

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lostを見た。

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読書のことを書かないでみると、読書をたくさんした日の日記は寂しくなる。

  1. 2010/04/10(土) 10:09:36|
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2010/4/7.8

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4月7日、日記を書かなかった。

今更昨日の日記を書く気分にもならない。
まとめて書いてしまえばいいのだと、当然の事に気がつく。
一日分の誤差が影響するような日記ではないのである。

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抽象的なものがある。具象的なものがある。出発はどちらからでも、
その抽象の度合いや具象の度合いを連続的に変化させたら面白いのではないか。

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日本には電柱がかなりたくさんある。生き物は何か立っているものに
寄ってくるような性質があると思うのだが、電柱自身とその周りを、
もっと楽しいものに出来たらと思う。広告ばかりに使っていてももったいない。   

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LOSTシーズン2をDVDで始まりから5枚借りる。
そのうち、3枚見た。相変わらず面白い。
面白いのだが、近ごろ身の回りに面白いものが増えてきたので、
その分集中を欠き、見づらくなる。
他に面白いことがあろうがなかろうが、
その作品を見るのなら、作品そのものを真剣にみなくては。
ひとつ、課題だ。

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七尾旅人が、とてもよい。
アマゾンで『この商品を買った人はこんな商品も買っています』を
見てみると、僕の好きなアーティストがそろっている。
クラムボン、Worlds End Girl Friend、cornelius 、くるり、fishmansなど。
なるほど、好みを振り返ると、系統があるらしい。

tamabi.tvで、高木正勝の話を見る。
 ホミチェヴァロ 完成記念講演 「映像と目に見えない存在 image and invisible」
とにかく面白い。社会を見ているとすぐに忘れてしまいがちな感覚を確認する。

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雑誌、考える人を購入。特集は『はじめて読む聖書』。
聖書は興味があるけれど取っ付きにくいからなぁと思っていたら、
「はじめての」というではないか。
インタビューの、内田樹、池澤夏樹、吉本隆明、橋本治という名前に惹かれる。
彼らの書いたものはほとんど読んだ事ないのだが、ほんの少しだけ読んだものは、
大変面白かったのだ。
最初から順番に読むと、田川建三氏のインタビュー。なるほど、面白い。   
この人の本も、訳した聖書も、読んでみたくなる。

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今日の読書。考えるヒント、読了。

どいつもこいつも、のん気に構えているのなら、おれは不安になってやる、
きっとそんな気だったのだろうと思う。不安がなければ不安を発明してやる、
これが青年の特権である。その成果がどんなものであったかは、
私としてはあいまいな問題だが、私が、この青年の特権を出来る限り行使した事は、
先ず確かな事らしい。[p.174 青年と老年]

春宵十話を読み始める。

人の中心は情緒である。[p3 はしがき]

私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、
スミレはただのスミレのように咲けばよいのであって、
そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、
スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。[p3 はしがき]

人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。
粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけというここと、
つまり、対象への細かい気配りがないということだから、緻密さが欠けるのは、
いっさいのものが欠けることにほかならない。[p.13 春宵十話]

  1. 2010/04/08(木) 22:41:08|
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2010/4/6

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専門学校のオリエンテーション。

なんとか友人を作れた。ありがたい。
多種多様な方々がいて、面白いなぁとおもった。
それぞれ、いろいろなことを思っていると思う。
おのおのの強みを引き出して、何かの目的のために、
一生懸命にやれたら、とてつもないことができるかもしらん。
しかし、そのような妄想よりも、自分の学問が先である。

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メガネを買った。
代金だけ渡し、受け取りはまだである。
もっと多様な視点から、メガネを選べたらなと思う。
自分の考えている、欲しいメガネを店員さんに尋ねてみても、
そのような目で商品を見たことがなさそうに思えて、相談しない。
しかし実際は、人見知りが問題なのである。

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本日の読書。
考えるヒント。あまりに当然に見失ってしまって、
気づくことすらできないことを、教えてくれる。

 三年間のルンペン収容所の生活で、周囲の獣物達から 、不機嫌な変り者として、
うとんぜられながら、彼が体得したのは、獣物とは何を措いても
先ず自分自身という事だ。これは根底的な事実だ。それより先に行きようはない。
[p.98 ヒットラーと悪魔]

 歴史を鏡と呼ぶ発想は、鏡の発明とともに古いように想像される。
歴史の鏡に映る見ず知らずの幾多の人間達に、己れの姿を 観ずる事が出来なければ、
どうして歴史が、私たちに親しかろう。
[p.115 ブルターク英雄伝]

岡氏の文章は、瞑想する一人の人間へ、私を真っすぐに連れて行く。
そういう人間の喜びを想っていると、ひたすら事実と行動との尊重から
平和を案じ出そうとする現代の焦燥は、
何か全く見当が外れているようにも思われて来る。
[p151 季]

小林秀雄は、すぐに忘れてしまうあまりに重要な事、
当たり前のこととして言って来るので、
反省ばかりの僕は、その文章を引用しようとすると、
切りがなくなってしまうのである。

もちろんこのような引用などを読んでわかった気になってはいけないので、  
当然原文を読んでみる事が大切なのである。

  1. 2010/04/07(水) 01:22:23|
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2010/4/5

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入学式。ピカピカの一年生。

デザインとは、「人々の幸福のためにある」という。

そのことを考えようとすれば、このような問いが生まれる。
   幸福とは、なにか。
   人間とは、なにか。
恐らくだが、人間が根幹に持つ普遍的な性質や、
環境によって成ってくる性質を、考えることなのだと思う。
しかしそれは、社会性だろう。
「人々の幸福のため」という社会性(利他性) を、
発揮する能力と、それを基にした社会の仕組みを作る能力として、
デザインというアプローチで何ができるか、というとこだと思う。  

「人々の幸福」を目的に据えたときに、どうしてデザインを選ぶのか。
デザインを選んだ個人にとっての、個人的なデザインとは。
そして、デザインに何ができるのか。

現在、世間で使われているデザインという言葉は手アカにまみれていて、
デザインという言葉を使うことでデザインの本質から遠ざかることすらある。
だから、デザインとは何か、なのだろう。
多方面からアプローチしなくてはならない。
多くを知り、それを繋げ、それを視覚情報的に見せる術をもたなくてはならない。

ドラッカー入門、世界を知る力、読了。

ドラッカーの語ることは、いくつもの次元に当てはめられる。
問題や経験をドラッカーの言うことに繋げていけば、
社会的な問題の多くが、だいぶ見えやすくなる 。

  1. 2010/04/06(火) 09:59:30|
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