うまい仏

すごいです。すごすぎですよ、これは。
うまい棒で彫られた仏様です。  

うまい棒にも、仏様は宿るんだ。

これを作ったの河地貢士氏は、こう言います。

はかなく、もろく、軽薄で、不健康。まさにこの世はスナック菓子のよう…

そんな世界をいとおしく想う。

展示は金沢でですので、行けないのが非常に残念です。
お寺でみるような仏像よりも、ありがたみを感じてしまう。
実物は見ていないのに、写真しか見ていないのに、
ずっと見ていたくなってしまう。

感動してしまった。

  1. 2010/04/10(土) 21:26:44|
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岡本太郎美術館へ。

岡本太郎美術館へ行ってきました。

岡本太郎の絵は、自身の魂の雄叫びで、それが弾けて神秘まで辿りつく事もしばしばあったんだろうと感じました。

企画展の「第13回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」展も大変刺激的で面白かったのですが、悪夢の中を泳いでいるような感もあり、急速に疲労してしまいました。

興味からくる面白いぞっていうのがとても強く、同時に、ちょっとこの中に長い間、居続けてはいられないぞという圧力もありました。


よくわからないが、僕の中に強いものも残りました。

  1. 2010/02/20(土) 22:23:32|
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NO MAN'S LAND

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  1. 2010/01/18(月) 01:44:45|
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ゴーギャン展 2009



ゴーギャン展 2009
に行ってきました。

初めての東京国立近代美術館。

近代文明的なものの見方とは違うやり方で、ものを見てきた人なのでしょう。
描きたいものをキャンバスの枠で切り取ったというより、描かれたものが、見えていたもの自体よりももっと深いところでまた世界と繋がっているような感じ、かな。
当時はまだ、認められづらいやり方だろなとおもいます。

その中で版画のシリーズがあったのですが、ゴーギャン本人が刷ったものだと、版には彫られているのに、刷られていない絵柄が多くあり、(その息子が数年後、版の詳細まで見えるように刷ったのですが)、目に見えるものだけじゃなくて、目に見えないものまで描いてたんだなと感じました。
ゴーギャン自身の絵柄が見えないくらいの作品は、野蛮な世界の夜の闇を思わせて、その息子が刷った版画には、夜になっても詳細まで照らしてしまう文明世界を感じました。
実際のところがどうなのかは知りませんが。

それにしても
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
は言葉だけでももう、素敵だよなぁ。
絵自体は、示唆的でした。我々の始まりを描いているようで、終わりを描いているようで、全てを描いているようで、とても大きな何かの中の我々を描いているようで。
言葉で言ってもダメなのでしょうが。
何も考えずに全体を見ていたら、だんだん繋がりが見えてきて、何かを感じたのですが。
野暮な言い方になりますが、苦悩のようなものと、希望のようなものが見て取れた気がします。それと、もっと大きく我々を包み込む何か。

どれもこれも、訳の分からぬ物言いになってしまいました。
すみません。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の問いに答えを見いだすのでなく、問答しながら、漂いながら、見ることを心がけたらよいのではないかと思います。

あるいは究極の人間観察の結果がこの絵かな。



このまま続けても、ダラダラと締まりのない言葉が続くだけになりそうなので、終わりにします。

いやはや。絵のことを言葉にするのはむずかしい。

  1. 2009/08/08(土) 02:05:20|
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