面倒くさくてクズで愚図で使えなくていいです。

こんな時間からハイボールを飲むことが間違い。

ただね、日に照らされたハイボールグラスは美しいよ。
氷と泡と液体と、いい雰囲気を醸すんだよ、こいつら。
いい感じに回るんだ、油断する時間帯のアルコールは。
ただとにかく、美しい物質には敵わんよ、と僕は思う。

他人から、面倒くさくて、クズで、愚図で、使えなくて、と思われながら、
それでもなんとか、欲を言えばそれなりに、聞いていく人生を所望します。

僕は人間関係も、日本の社会というやつも、
それなりによくわからなくて、それなりに面倒くさくて、
それなりに、嫌悪する。

それなりだから、それを回避するために一生懸命にもなれず、
中途半端に、だらだらと、生きているというよりは死んでいない。

人間関係には興味はなくても、人間には興味があるくらいのつもりでいたけど、
人間って、こんなもんか、社会の渦に巻き込まれれば、というのもある。  

なんとなく、いろいろなことが嫌で、
僕は人間の社会性という部分においては非人間であると思うし、
興味のないものは興味がなく、面倒くさい。

近ごろは興味のあるものも減ってきた。

やはり、部屋の工事というやつは、なんだかんだ楽しいものだ。
誰彼にとやかく言われながら、結局のところ、俺の問題なんだと、言い切れるから。

ああ、やっぱり、好きなことをある程度しながら、
ダラダラと、楽しく、それを面白がってもらえる人と、時間を共にしたい。

基本的に、なんにもしたくないのだ、僕は。
やればできる? しらん。やらなければできないのだから、ぼくにはできん。

結局のところ、生活には金がいる。
金を儲けようとしたら、それを安定させようとしたら、
ビジネスの螺旋に巻き込まれる。
ビジネスの中では、ダラダラはできない。

それで新しい道を探すエネルギーも、
リスクを追う勇気もありはしないのですん。

ビジネスはね、いろいろ切り離せば、憤れば、できると思うんですよ。
自分の考えや価値観など、どうでもいいものだという前提のもと、
憤りながら、他人の価値観からやることを逆算し、
納期のうちに仕上がれば、カネになるのだろう?

それをいやだいやだやだやだやだやだいやだいやだいやだいやだ

と感じてしまう僕は、社会的な意味での人間にはなれない。

結局、僕の言いたいことなど、思ってることなど、
本年として言えることなど、誰にも言えないのだ。

人と話していて思う。

『結局、自分の話がしたいんだろう?』

だから僕は、ただ、人の話を聞けばいいと思っている。
相手の言いたいことを聞き、相手の聞きたいことを言う。

僕の言いたいことは、その話すら最後まで聞いてもらえるとは思えない。

なにより、基本的にうまく言えないし、上手く言えないことは許されない。
言ってもいいかなと思える相手も大変希少だ。

自殺もできないとなると、
結局のところ、透明人間のようになりたいと、そう思うのだ。  

  1. 2013/11/23(土) 14:36:02|
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ブログ終了します。

どうやら、dti blogさんがブログサービスを終了するらしく、
このブログもdtl blogを使って書かれておりますので、
2013年12月17日で終了いたします。

引っ越しするほどのことを書いていない自負があるので、
サービス終了に伴って、このブログもおしまいです。

またどこかでブログを作るんだろうなとは思うけれど、
やるのかも不明だし、どれほど(どのように)告知するかも不明。

無責任に、人のためにではなく書いていくブログなので、
そういう感じでふらっとしてるのがいいかな、と。

とはいっても、あと数カ月(あるいは数週間)は残ります。

ではでは。

  1. 2013/10/23(水) 20:01:38|
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部屋づくり

部屋づくりもとい、部屋の内装DIY。

話題性が強くて驚く。
スペースを持つことの強さ、都内において。

しかし高校生の頃は、教室という場はあったけれど、
それ以上にどこでも遊び場にしていた。
人が集まれば、そこがスペース。

スペースを持つって、どこかちょっと、ださいところはあるかもね。

  1. 2013/10/20(日) 20:37:21|
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JK

毎年何人がそのラベルを貼り付けられ、引っ剥がされるのだろう。
たくさんの我々は遠くからそれを勝手に見ている。

それが本当に一番輝いている時期かというと、そんなことはない。
ただの人並みの人達に、人々の妄想が付随して、
イメージの振れ幅が大きくなっている。

自分の高校時代を思い出す。
ありきたりに個人的に思春期を過ごしていた。

自分にも他人にも都合よく使える色眼鏡で
彼女らを勝手に見ているだけに思えたりする。

もーっと見れば、もう少しマシな見方もできるようになれるかな。

  1. 2013/09/11(水) 11:19:00|
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間違いだらけで。

僕のすることは間違いだらけ

まちがうのが嫌だから
「正しいこと」をしようとする

正しいことのまね事をしても
まねごとはまねごとで
本当に正しいなんて思ってないから
うわっつらだけになる

間違って間違って
散らばって散らばった間違いの中に
ときたま誰かが面白がってくれるものがある

うれしい

正しいことをしようとしても
よくて叱られない程度
ときたまうわっつらの褒め言葉

僕は自分を知らんのだ

「どうしたらいい?」

だれも答えてくれんのだ

すぐに孤独に逃げたくなるけど
それもやっぱり違うなとは思っていて
じゃあどおするの?と考えてみても
あんまり上手くやれる気はしない

上手くやろうとすることは
正しいことをしようとしている
それじゃダメなの

わからないことはたくさんあるけど
わかることもそれなりにあって
ごくごく普通に素直に自然に
暮らしていくことさえできれば
困難は数々あれど
それでも良くはしていけるはず

「間違い」とか「正しさ」とか
それらを決める指標のものが
そもそもそもそもナンセンス

悩める、そして考える
失敗するけど行動して
素直に治せるところは治そう

僕のすることは間違いだらけなのだから

  1. 2013/09/01(日) 22:05:36|
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